防災の日

040901八ヶ岳には地震がない。
いや、全くない訳ではありませんが、年に2〜3回かすかに揺れを感じる程度のもので、中学生の息子などは「地震なんか一度もない」と豪語しています。(単に鈍いだけ)

さて、このように地震とはあまり縁のない我が町ですが、一昨年だったか、東海地震の危険地域に指定されました。防災の日ともなると共同防災訓練が実施され、朝からサイレンが鳴り響き防災放送がしきりと流れています。
この危険地域というものは「実際に危険」だから指定されるのではなく「市町村の申請」で指定されるらしいのです。観光面ではイメージダウンにもなる危険地域の指定をなぜ町が申請したか? それはお金が出るからです。
町では耐震上危険な建造物という診断が下った中学校を取り壊して新築しました。老朽化した中学校はいずれ建て直す必要があった訳ですが、危険地域でなければ多少の教育関係の補助金はあるにせよ大部分を自腹で建て直さなければなりません。危険地域に指定されれば、防災上必要な処置が義務化されて国から補助金が出るのです。
子供の安全や防災に関しては反対できない雰囲気があります。私の息子もその中学に通っているので言いにくいですが、安全とか防災とかを免罪符的にしちゃって良いものでしょうか。何しろ建築業者は汚職事件で逮捕された某町議の所ですからねぇ。

写真は熟して落ちたヤマボウシの実です。記事とは無関係ですが、、(^_^ );

台風一家

このタイトルは誤字じゃないです。
子供の頃、意味も分からずに「たいふういっか」という言葉を聞いて、親戚の一家の事だと思っていたんです。

当時私は横浜市に住んでいたのですが、その一家は電話も手紙も何の前触れも無しに山梨から突然訪ねてくるのです。一同で7人ほどの大家族なので、その一家に急襲された我が家は正に上を下への大騒ぎになってしまうのです。
慌ててお茶菓子を出したり食事の支度をする母と祖母。材料がないなら寿司でも取れと言う父。ひとしきりお茶を飲んで話をすると「顔を見に来ただけだから」と、食事もせずに帰っていくその一家。
中央高速も無い当時のこと、山梨から日帰りするってのがまず普通はやらない事なんですが、、、後には茫然自失の我が家族が、、「た、台風みたいだった」

台風が過ぎた後のスキッと晴れ渡った様子を「台風一過」と呼ぶ事は、大分後になってから知りました。