「小海線甲斐小泉駅」は、我が家の最寄り駅で、かなり昔から知っています。
とは言え、昔はわざわざ写真を撮ることは、それ程多くありませんでした。
数少ない昔の写真を探し出しましたので、ご覧いただきたいと思います。
この写真は現在の甲斐小泉駅の駅名坂です。
駅舎に、日本語の駅名坂はありません。
確認した訳ではありませんが、ローマ字の駅名坂しかない駅は、全国でも多分この甲斐小泉駅だけではないでしょうか?
他にご存じの方がいたら、是非お知らせください。
で、昔の駅名坂はどんなものかというと・・「こんな味のあるもの」だったんです。
これは「長坂郷土資料館」にあります。
常設展示されているはずなので、興味のある方は見に行ってください。
そうそう、この写真は昔の写真ではありませんね。(笑
こちらは、現在の駅舎の写真です。
長坂町時代に、オオムラサキをイメージしたスタイルに建て替えられたものです。
変わったデザインですが、色が大人しいので、風景に馴染んでいます。
で、昔の建物・・と言っても、私がここでペンションを始めた「1981年以後の駅舎」ですが・・
公衆電話ボックスが、同じように見えますね。(笑
小さい写真しかなかったので、画質が悪くてすみません。
元はカラー写真なんですが、状態が悪いのでモノクロに変換してあります。
駅名坂は、既に長坂郷土資料館にあるものではありません。
81年以後と書いたのは、年がはっきりしないためです。
ただ、81年頃には「長坂郷土資料館にある駅名坂」が取り付けられていたのを記憶していますので「それ以後」という訳です。
国鉄当時の甲斐小泉駅は、無人駅ではなく、常駐の駅員が居ました。
信号が自動でなく、ポイントも手動式ですから、場合によっては夜中でも人が切り替える必要があったんです。
宿直室があり、風呂場もあったんですよ。
その頃のお客さんは、車で来る人より列車利用の人が多かったので、私もよく駅まで送り迎えをしていたものです。
そんなとき、駅員さんから「漬物を切ったからお茶を飲んでいけし」なんて、声をかけられることも度々でした。
「風呂をたてたから、入ってけし」なんて誘われたお客さんも居ましたよ。(笑
線路の向こう側の小さな広場のようになっているところには、保線作業員の詰め所と宿舎がありました。
その辺の写真もありますので、またその内にご覧いただきたいと思います。


懐かしいですね。
前にも書いたかもしれないけれど、新しい駅舎はまだ見た事無いです。
という事は、電車で最近まったく行かなくなってしまったという事ですね。
新駅舎は公園にあるトイレみたいでイマイチかな。
ガラスブロックがいけないんだと思うんだよな〜。
flipperさん、いらっしゃい。
そう、駅舎らしくないですよね。(笑
このモノクロ写真で紹介した駅舎の後に、入口に三角屋根が付いた駅舎がありました。
部分的に改造して、色を塗り直した訳ですが、その時の写真を探しています。
甲斐小泉駅 〜今昔物語〜 その2
これは現在の甲斐小泉駅です。上りホームの大泉寄りから、大泉方向を撮った写真です。線路の向こう側に、ちょっとした広場があり、線路沿いに道が続い