小海線甲斐小泉駅に到着寸前の、野辺山発新宿行き「八ヶ岳高原号」です。
ちょっとブレていますが、客車に「新宿行」のプレートがあります。
1970年8月の撮影です。
C56の牽引は小淵沢までで、小淵沢からは中央線岡谷発の霧ヶ峰高原号に併結され、EF13形電気機関車が牽いて新宿へ向かいます。
野辺山小淵沢間だけとは言え、新宿行き列車をC56が牽いていたんですよ。
写真は、八ヶ岳高原号が甲斐小泉駅に到着し、すれ違いの下り列車(キハ58系)と並んだところです。
少しぼけていますが「急行」と表示されているのがお分かりでしょうか。
当時、長野−(篠ノ井線)−松本−(中央線)−小淵沢−(小海線)−小諸−(信越線)−長野、というコースで運行されていた夏の季節列車で「信州循環」と呼ばれていました。
どちらも既に見ることも乗ることも出来ない列車です。
その二つが甲斐小泉駅に並んだ写真ですから、これは価値があるかも知れませんね。
(下の写真は、以前「北杜市アルファブログ」に掲載したことがあります。)
今週の「北杜市アルファブログ "Hokuto In Our Time"」のテーマは「ぶらりとするなら、ココ!」です。
気分転換やリフレッシュの場所、またはお気に入りの場所・・という事です。
火曜日の担当は私です。今日は「雑木林を歩く」と題して早々にアップしました。
今までにも何度か、くまぶろでは紹介してきた、我が家の裏の雑木林です。
お時間がありましたら是非どうぞ。
そう言えば、小海線でのんびり車窓風景を楽しむ・・と言うのもリフレッシュ効果は大きいです。
キハ58系ですか?小学生の頃、ブルトレブームありました。
その頃、当時の上野駅地下ホーム?の東北に向かって、一番左側のホームに停車してました。
煙で少し曇っていた記憶あります。
今はそのホーム、カシオペアや北斗星の発着ホームですよね。
小海線では、確か急行色の気動車を小淵沢駅で見かけました。
さんちゃんいらっしゃい。
キハ58は結構古いですからね。
非電化区間の急行用ディーゼルで、中央線でも急行アルプスに使用されていました。
こんばんは。
へ~。
「野辺山発新宿行」なんていう列車があったのですね。
知りませんでした。
まだ、それほどマイカーが普及してなかった時代ですね。
相当込み合ったのではないでしょうか。v(^^
「霧ケ峰高原号」なんて今じゃ絶対あり得ない名前ですね。(笑)
このツーショット写真。本当に貴重だと思います!(^-^)/
くまごろーさん、いらっしゃい。
「客車」だったから、機関車が変わるだけで小海線も中央線も走れたわけです。
マイカー普及率は当然今より低かったし、中央高速もなかったから、東京から
八ヶ岳への交通手段は鉄道が主流でした。
コツーショット・・確かに貴重なんですが・・C56が煙を吐いていてくれれば
もっと良かったですね。
上り列車(勾配としては下り坂)なので、煙が出ないんです。