標高2000mの桜

05053101麦草峠を越えて少し下り始めた所で桜が咲いていました。
標高は2,000mくらいでしょうか。このあたりから下は広葉樹が混ざった雑木林になってきます。
とは言え、桜としてはかなり限界に近いのでしょう。ほぼ満開ですが花の数は少なく、平地のように咲き乱れるという感じは全くありません。花の色よりも新芽の赤い色の方が目立つような感じです。

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白駒池

05053002白駒池を囲む原生林です。
国道299号の最高地点2,127mの麦草峠へ向かうと、その少し手前に八千穂村営の駐車場があります。そこへ車を停めて、この原生林の中の道を1kmほど歩きます。
ここは長年の落ち葉が積もった林床や倒木に生えた苔が見事です。晴れた昼間でも原生林の中は薄暗く、ストロボ無しで写真を撮るには手ブレに注意が必要なほどです。

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新緑の白樺林

05053001八ヶ岳山麓の小海町にある白樺林です。
登山の装備がなければ行かれないような山奥は知りませんが、たぶん八ヶ岳で一般の人が見られる一番大きな白樺林でしょう。
我が家から車で40分ほどですが、標高が高いので我が家の周囲ではそろそろ終わりのヤマツツジがまだ完全に蕾のままでした。(写真右側の赤い点々です)この時期の白樺林は新緑に真っ白な幹の色が映えて、大変美しいものです。
この後、白駒池まで行ってみましたが、その写真はまた後ほど。

5・凧

05052904今回も30年前の代々木公園で、撮影は過去ログ写真館・4と同じ日の午前中でしょう。
珍しく手づくりの連凧を揚げている人が居たので何枚か写しました。
この写真はフジのネオパンSSSというフィルムを使っています。感度はASA200(現在のISO200)ですからTRI Xの半分ですが、当時の国産フィルムでは最も高感度でした。階調もTRI Xよりは柔らかいので人物には向いていたかも知れません。

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どこまでも行こう

05052901どこまでも行こう 道はきびしくとも
  口笛を吹きながら 走って行こう

どこまでも行こう 道は険しくとも
  幸せが待っている あの空の向こうに

どこまでも行こう 道は苦しくとも
  雨の日も風の日も 走り続けよう

どこまでも行こう 道がなくなっても
  新しい道がある この丘の向こうに

どこまでも行こう 道は寂しくとも
  あの星を見つめながら 迷わずに行こう   (作詞・作曲/小林亜星)

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小海線開通90周年記念駅弁

05052802新しい駅弁が売り出されました。
「八ヶ岳の高原弁当」–牧場のピクニック弁当–と名付けられ、野辺山のヤマナシの木の写真が印刷されています。また「小海線開通90周年記念・全線開通70周年記念」の文字と蒸気機関車C 56の写真も配されています。
小海線は1915年に最初の小諸–中込間が佐久鉄道として開通してから90年。1934年に国有化され、1935年に最後の信濃川上–清里間が開通して70年という事です。

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10万アクセス達成

05052801今日の午後、10万アクセスに達していました。
昨年7月26日の「はじめまして」から約10ヶ月です。今年3月11日に「5万アクセス達成」してからは、78日間で更に5万アクセス(1日641アクセス)あった事になりますね〜、、何かびっくらこいてしまって、とりあえず踊ってみました。(笑

世間の人気サイトには桁違いで及びませんが、一つの区切りだと思って、ここは素直に喜びますね。
「皆の衆、御札が降りましたぞ〜」「えぇじゃないか、えぇじゃないか、えぇじゃないか。10万アクセス、えぇじゃないか。」・・・(爆

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4・代々木公園

05052601今回は東京の代々木公園です。
今回の写真はフィルム感度より露出計の感度を上げて撮影し、高温現像という処理をしています。(数値データは覚えていませんが)
コントラストが高く粒子の荒れた写真になっていますが、これはわざとドキュメンタリー風にやっている事です。ベタ焼きの上がりが良くないので暗部がつぶれていますが、そこは目をつぶってください。

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巨匠に教わる絵画の見方

05052503絵の描き方ではなく、見方、楽しみ方の入門書です。
これは、息子が欲しいと言い出して通販で買った本ですが、読んでみると確かにこれは面白いです。
ルネサンス前のジョットから現代美術のホックニーまで、巨匠と呼ばれる画家の作品を紹介するのですが、その解説、、それは賞賛だけでなく、批判もあり、こき下ろしも当然のようにあるのですが、、それを同じ巨匠たちがやっているのです。
同時代の画家同士の場合は単に表現上の違いだけでなく、性格が合わないのがありありと分かるような感情的な言葉も出てきます。その一つ一つは紹介しませんが、印象派のゴーギャンやセザンヌ、時代が新しいマティスやデ・キリコの毒舌の反面、情熱の画家と言われるゴッホや、ピカソが案外常識的な批評を他人の作品に対してしています。ダリは自分の独自な解釈に専念しているようです。(笑

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