八ヶ岳高原文学の旅2004の第三の物語として、山梨県高根町に伝わる「三社まいり」の跡を辿るウォーキングが16日にありました。
「三社まいり」とは、雨乞いを「八ヶ岳権現社」に、晴天祈願を「日吉神社」に、そして風除けを「風の三郎社」に参って祈願する風習で、高根町の樫山という地区に戦前まで残っていたそうです。
ウォーキングの後、夕食を蕎麦処北甲斐亭で。また一鷲明伶(いっしゅうはるあきら)さんを招いて、11弦ギターの演奏と宮沢賢治の語りを楽しむ会を行いました。一鷲さんは岩手県出身で、詩人の谷川俊太郎さんも絶賛している方です。大変ささやかな会ではありましたが、朴訥な岩手弁と11弦ギターの音色があいまって大変感動させられる弾き語りでした。
ウォーキングと一鷲さんの弾き語りの写真はこちらをご覧ください。
また「八ヶ岳で何故宮沢賢治を」と疑問に思われた方は、ぜひ続きをご覧ください。
さて、戦前まで残っていた「三社まいり」ですが、今は80才以上の人でないと地元でも確かな事を知っている人は居ません。それを八ヶ岳歩こう会の多賀さんが熱心に調査してウォーキングコースとして復活させたのです。多賀さんはペンションペアハットのオーナーであり、今回の八ヶ岳高原文学の旅実行委員長で、私やえほん村マジョさんの仲間でもあります。
今回は晴天に恵まれ、秋の山里の風景(一部の方は秋の山の幸の収穫も)を楽しみながらのウォーキングとなりました。
ところで「風の三郎社」と聞いたら、宮沢賢治の「風の又三郎」を思い浮かべませんか? 実は全く無縁だとは言えない事が解ってきたのです。
「風の又三郎」の初稿「風野又三郎」の一節に ” 甲州ではじめた時なんかね。はじめ僕が八ケ岳の麓の野原でやすんでたらう。曇った日でねえ。すると向ふの低い野原だけ不思議に一日、日が照ってね、ちらちらかげろふが上がってゐたんだ。” と書かれているのです。
詳しくは、2003年に多賀さんが作られたページがありますのでご覧ください。
八ケ岳の賢治と風の三郎社
宮沢賢治はファンも当然たくさん居ますが、学問として研究を続けている方も大変多いと聞きます。ですからこの八ヶ岳の「風の三郎社」が「風の又三郎」の創作の元になったかも知れないと言うのは今後の研究に待ちたいと思います。でも、もしかしたらと想像する事は大変楽しい事です。
いいですね〜。写真も見せていただきました。
ぜひ、生で聴いてみたいです。
長崎のはずれに虔十ガーデンというオープンカフェがあります。
賢治の童話の世界に見せられたオーナーさんが移住してこられてやってるカフェなんですが、静かな山の中で川のせせらぎを聞きながら、満天の星を見ながら、飲むお茶は最高ですよ!
谷川俊太郎さんも大好きです。CDも持ってます!
八ヶ岳で風の又三郎が創られていたとしたらステキな事ですね♪
パピコさん、いらっしゃい。
一鷲さんの、単なる語りとも歌とも違う独特のパフォーマンスと言うか、
何と表現したら良いか難しいのですが、とにかく初めて出会ったので、
こんな事をやる人も居るのかと感心させられました。
放浪しているそうなので、もしかしたらそちらの方へ行く事もあるかも
知れませんね。
初めまして
宮沢賢治がらみで検索をかけていたら、こちらにたどり着きました
自分も三社参りに興味をもって、地図などで調べて実際に行ってみて
調べてみたのですが、日吉神社はすぐにわかり、八ヶ岳権現も場所が
ある程度わかったんですが、
風の三郎社がわかりませんでした
http://map.yahoo.co.jp/pl?nl=35.53.0.542&el=138.28.0.028&la=1&fi=1&sc=3
ポイントしてあるあたりかと思ったのですが
実際にはどの辺なのでしょうか?
教えてくださいませm(__)m
とおりすがりさん、いらっしゃい。
場所は大体あっています。
ポイントしてある所の少し右側の山の中です。車の入れる道はありません。
徒歩にしても正規の道ではなく、畑の脇から山の中へ入っていきます。
特に目標物などありませんので、残念ながら説明は無理です。
現地に行って近所の人に尋ねていただくしかないと思います。
お返事ありがとうございます
そうなんですか。だいぶ近くまでは行けていたという
ことなんですね。残念です。
途中で畑で働いている人がいらしたので、その時に
聞けば良かったのかなぁ。もったいないことをしました。
また、機会を改めて行ってみることにします。
ありがとうございました。